『愛着』という学術用語は、もう日常生活の中で普通に使われる言葉ですよね。
「愛着が大事」「愛着が欠かせない」と至る所で言われていますし、大切なことはその通りです。
『愛着』って何ですか?
「お子さんとお母さんの間のとても暖かい絆」みたいなものだと思っていませんか?
それは違います。
本来の意味の『愛着』は、もっと生物学的なものです。
「愛着はとても大事」で、「愛着は母子の絆のこと」と間違って解釈してしまうと、「育児は母親がするべきだ」「母親は家にいるべきだ」という考え方にも繋がってしまいます。
ここで改めて、『愛着』という概念を整理してみましょう☆
この記事は、『子育ての知恵 幼児のための心理学(高橋恵子、2019)』から学んだことの記録です。 著者の高橋恵子氏は、現在聖心女子大学の名誉教授で、長年発達心理学の第一線で活躍されてきた方です。 高橋氏は本書について、“私の半世紀を超えた心理学の研究者としての、子どもの発達についての現時点での「結論」を書いたもの”と述べており、子育てにおける通説についての、科学に基づいた丁寧な説明がされています。 「子育てとはこうあるべきもの」という昔からある考え方に悩まされている方は、ぜひ手に取って頂きたい作品です♪
『愛着』の定義
『愛着』という概念は、1950年ころに、ロンドンの臨床医だったジョン・ボウルビィによって提唱されました。
ボウルビィによる本来の『愛着』の定義は、
「無能で無力な乳児」が「有能で賢明な養育者」に、生存の安全と心の安心を確保するために養護を求めること
です。
定義の中には、母子の双方向的な関係や、絆のようなものは入ってきません。
『愛着』は、乳児が一方的に養育者を求める行動です。
そして、「相手をじっと見る」「目で追う」「声を掛ける」「近づく」「後を追う」といった行動を、「愛着行動」といいます。
子どもは、愛着行動をフルに使って、自分の生存の安全・安心を確保しようと必死に愛着対象を求めます。
もの凄くザックリ言い換えると、
『子どもがピンチな時に、生き残るために養育者を求めること』
が愛着です。
つまり、楽しい時間を親子で楽しく過ごせたからといって、愛着があるとは言いません。
お子さんに何かしらの負荷が掛かって、嫌だったり・痛かったり・不安だったりしたときに、「ママ~!」などと求める・寄ってくるということが、愛着です。
人類の長い歴史から考えると、比較的安全な文明社会の中で生活を始めたのはつい最近のことと言えます。
それまではずっと野生環境といえる中で生活してきたことを考えれば、現代になっても「生き残るために」という発想の行動が残っていることにも納得できるのではないでしょうか。
ボウルビィの愛着理論は、「母親」を超重視
定義のところでは「養育者」という言葉を使っていますが、ボウルビィの理論は「母親」を非常に重要視しています。
なので、「養育者と子どもの関係」というのは、ボウルビィの理論では「母子関係」のことです。
参照している「子育ての知恵 幼児のための心理学」では、ボウルビィの母親重視の理由を2つ紹介しています。
1つは、ボウルビィが家父長制的な信念を持っていたことです。
家父長制は、産業革命の頃の考え方で、年長者・男性を優位とするものです。
家父長制では、「男は仕事、女は家事・育児」という性別による役割の分業が当然でした。
そのため、家父長制的な考えのもとでの養育者は、当然女性、母親ということになります。
もう1つは、戦災孤児の調査の影響です。
戦災孤児の施設を訪れたボウルビィは、そこで暮らす子どもたちの様子に衝撃を受けます。
実際のところは、子どもたちの様子には、貧困やスタッフの人員不足など様々な要因が影響していたと考えられます。
しかし、「女が育児」という考え方のボウルビィは、子どもたちのひどい現われの理由を「母親の愛情を失ったため」と結論付けました。
当時のボウルビィの著作には、
家庭は子どもが健全に育つ唯一の場所であり、子どもの成長には母親の養育が不可欠で、母親への愛着を持つことが大切だ
と書かれています。
ボウルビィの愛着理論は、理論自体は非常に的を得ているので、広く受け入れられます。
そのうちに「親密な母子関係」そのものを意味するようになり、愛着が発達の全てを左右するかのように扱われるようになっていったそうです。
ボウルビィ自身もこれは否定していて、「母子関係そのものを意味するものではない」と主張していたそうです。
研究から見えてきた『愛着』
ボウルビィの母親重視から発展して、
「愛着は、母親だけとの間でできるもので、幼いころにできた愛着の形は変わらない」
という印象をお持ちの方が多いのではないでしょうか?
結論から言うと、これはその後の研究によって否定されています。
母親以外も愛着の対象になる
「おばあちゃん子」や「お父さん子」は珍しくないですよね。
日中は祖母が養育してくれていたり、父親が主夫をしていたり、様々な条件によって母親以外が愛着の対象になることはあります。
これは、生物学的に考えたら当然ですね。
母としか愛着を作れなかったら、赤ちゃんは「母がいない=死」になってしまいます。
それでは種が絶滅してしまいます。
大切なことは、愛着が形成され、お子さんが安心・安全を感じながら生活できているということです。
世間は「愛着=母親」なので、お母さんにとっては、お子さんが自分よりも懐いている存在がいたら寂しい気もちになるかもしれません。
しかし、誰かしらと愛着関係が形成されていれば、お子さんの発達という点では問題はありません。
もし、今まさにこんな気持ちになられている方がいましたら、落ち着いて気持ちを整理して頂ければと思います。
また、近年では養子の愛着形成についての研究が増えているそうです。
これらの研究によれば、もちろん養子と養母の間で愛着は形成されますし、4~7歳の幼児でも愛着は形成されるということです。
このことから、愛着は「この時期を過ぎたら成立しない」ということもないということが分かります。
同時に複数の愛着対象を持つ
研究によって同時に複数の愛着対象を持つということが明らかになり、欧米では『愛着』のことをアタッチメント(attachment)ではなく、アタッチメンツ(attachments)と複数形で呼ぶことが増えているそうです。
お母さんと愛着が形成されていますが、それと同時にお父さんや保育士さんとも愛着が形成されているということもあるということですね。
さらに、複数の愛着対象の中で、核となる人とそれを補佐する人の様に、順位付けがされていると考えられるようになりました。
いざという時のことを考えれば、全員が横並びではなく、核となって責任を取る立場の人がいた方が安心ですね。
この順位付けによって、「一緒に遊んでいたのはパパなのに、ピンチになったら遠くにいるママを求める」というお父さんにとって寂しい状況が起こったりします。
しかしこれは、お母さんがしっかり核としてお子さんに認識されているという良い状態とも言えるでしょう。
愛着の質は変わる
ボウルビィは、乳幼児期の愛着の質がその後の愛着の原型になると主張しました。
しかし、同じ対象を時間をかけて追っていく縦断研究の結果は、
愛着の質の連続性は、子どもが生活している「環境の質に連続性があれば」維持される
愛着の質については、連続性よりも変化しやすさを示す証拠がそろいつつある
です。
「三つ子の魂百まで」の記事でご紹介したように、愛着の質も、お子さんが生活する環境が変わらなければ変わりませんが、環境が変われば愛着の質にも変化が出るということです。
これは、不適切な養育を受けた場合でも、その後の支援によって安定した愛着関係を築くことが出来るようになるということなので、支援者にとっても良い情報です。
安定した愛着を形成するためには
ボウルビィによって、「お子さんの生存のために母を求める行動で、乳児期に形成されたら変わらない」と主張された『愛着』ですが、その後の研究により、次のように修正されました。
「母以外の複数の大人とも形成でき、環境によって変わる」です。
「母親偏重主義」の部分は訂正されましたが、愛着が非常に重要であることには変わりません。
なぜなら、乳幼児は養育者から提供される安心・安全を基に世界を広げていくからです。
では、安定した愛着関係を作るためにはどうしたら良いでしょうか?
参照した「子育ての知恵」の著者の高橋氏は、まだ決定的な要因はないと前置きをしながら、
安定した愛着を育てるには、特別に頑張らずに、養育者がそれが普通だと思う子育てをすればよい
と提案しています。
ここまで説明してきたように、愛着は生き残り、種を残すためのものです。
生き残り、種を残すために必要なことが、難しくて特別なことだったら、その種は絶滅してしまいます。
お子さんは、大人に養育しようと思わせる要素をたくさん持って産まれてきます。
お子さんを養育するのに適した環境にいるならば、養育者はお子さんを見た時に感じる感覚に素直に従って行動するだけで、安定した愛着を築くことができる働きかけになるでしょう。
つまり、安定した愛着を形成するためにすべきことがあるとすれば、それは関わる際にどうこうと言うものではありません。
養育者が安心して・心にゆとりをもってお子さんに接することができる環境を整えるという、準備段階のものが大切になると思います。
反対に、もし環境が整わなかったり、お母さん自身が産後うつのような状態になってしまったりして、お子さんを養育しようという気持ちが湧いてこなかったら、1人で抱え込まず、周囲や専門家の力を借りてください。
母以外の大人とも愛着は形成できます。
環境によっても愛着は変わります。
周囲や専門家の力を借りながら、環境を整えたり自身の治療をするなどして、頑張らなくても養育できるようになってから関わりを始めても、十分に愛着は形成できます。
人間には、生涯にわたって心の安全基地が必要です。
お子さんのためにも、まずは養育者自身が安心・安全な環境を築く必要があるでしょう。
この記事は、『子育ての知恵 幼児のための心理学(高橋恵子、2019)』から学んだことの記録です。